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支那の手口と真実(外国人参政権と夫婦別姓の先にあるもの)
夫婦別姓や外国人参政権の先にあるもの。それは文化的、あるいは政治的に日本の支那への属国化、侵略される事を意味する。
日本が日本でなくなるのだ。
ミンス党政権下でこれらの侵食はすでに始まっている。

一例をあげる。


+++++++++++++++++++++++++++++++++
(以下、大紀元日本より引用)


「妻は中国の女スパイ」 米国亡命の中国民主活動家、ツイッターで暴露


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 【大紀元日本6月11日】米国に政治亡命した中国の民主活動家・劉剛氏は5月27日、ツィッターで自分の妻が中国軍部の諜報員であり、海外で中国の民主化を目指す活動家を制するために送り込まれた人間だったと暴露した。同氏のツイッターによれば、米国の法廷で妻は、自分が軍関係の学校を卒業し、特殊訓練を受けていたことを認めたとしている。

 会って数時間後に「逆プロポーズ」

 1989年6月4日、中国当局に武力弾圧された大規模な学生民主運動「六四天安門事件」。劉剛氏は、その学生リーダーの一人だった。

 同氏のツィッターでの記載によると、「六四」弾圧後、同氏は約7年間投獄された後、1996年4月に香港に脱出した。同年4月30日、駐香港の米国領事館の支援を受けて渡米。後にコロンビア大学コンピューター学部に入学し、1998年に修士号を取得、ベル研究所や、シティバンクなどの企業に入社して現在に至っている。 

 劉剛氏と妻の郭盈華さんはいま別居しており、離婚の手続きを進めているという。郭盈華さんは、夫の暴露は彼女に対する誹謗中傷であるとして、法的措置を取る構えを示した。

 一方、劉剛氏は、自分には確かな証拠があると主張し、ツィッターでそれらの証拠を開示した。

 劉剛氏によると、渡米してからも、中国当局に反対する民主活動を積極的に行っていたため、「(私は)中国当局が全力で打倒すべき対象に挙げられていた」と言う。

 郭盈華さんとの出会いと結婚は、彼女が自ら仕組んだものである可能性を示唆し、劉剛氏はその経過を次のように記した。

 2007年6月、彼女はインターネット上で自ら劉剛氏に声をかけてきた。米国の一流大学を卒業し、大手企業の管理職であるという彼女に、劉剛氏はすぐに好意を持った。

 ほどなく二人は対面したが、その初対面からわずか数時間後に、結婚したいという意向が彼女から伝えられた。「私は、それが米国スタイルと思い、その場で彼女との結婚を約束した」と劉剛氏は当時を振り返る。

 結婚後、妻となった郭盈華さんは、劉剛氏の経済面と政治活動に「厳しい制限」を講じ始めたという。夫の民主活動の主催を強硬に反対するほか、その活動への参加や、他の民主活動家との交遊まで制限する。そのほか、夫名義の口座の預金を全て自分の口座に移し、車や宝石、高級品などを買いあさったという。

 実は特殊訓練を受けた大尉

 劉剛氏はツィッターで、妻が中国軍部の諜報員であったことを次のように暴露した。

 郭盈華さんは夫に対して、自分は普通の市立大学である上海大学を卒業したと称し続けていた。しかし劉剛氏はある集りで、上海で彼女のことを知っていた人から、彼女は軍の幹部であると初めて知らされた。夫の問いに対して妻は、ただ大学での通常の軍事教練を受けただけと、軍人であったことを完全に否定した。

 劉剛氏はツィッターで、すでにFBIに郭盈華さんを通報したと述べるとともに、米国の法廷において彼女が中国の軍人であることを彼女自身が認めたと伝えている。

 その陳述によると、彼女は中国の軍部の学校を卒業してから、数年間にわたって秘密の特殊訓練を受けた。軍の階級は大尉であった。彼女が米国のグリーンカード(永住許可)を申請する際には、これらの事実を隠し、虚偽の内容を記入をしていた。

 プロ顔負けの技量と不審事 

 また劉剛氏は、彼女がもつ通常ではありえない技量と、それに関係する不審点について、次のように述べる。

 ある時、彼女の車に試乗するようにと言われた。私がエンジンをかけると、すぐに異常を示す警告ランプが点灯した。そこで私は車に乗らず、五分後に屋内から工具を持って出てきたとき、彼女は車の複雑な内部装置を引き出し、何らかの操作をして再びはめ込んだ。すぐに警告ランプが消えた。このよう技術は、一般の自動車修理の技術者にもないだろう。あるいは、ここまで習得する必要性がない。その後も同様に、彼女が意外な技術を見せるケースが何回かあった。

 また、ある時のこと、私は友人の民主活動家を車に乗せて走行していた。車は、乗車前に彼女にいじられた可能性がある車であった。走行中、突然エンジンから火が出た。その頃から、私は彼女のことを不審に思い始めた。

 さらに、ある場所で銃を撃つ機会があったときのことである。

 同行した彼女は、ライフル銃を撃とうとはしなかった。拳銃を撃つ時になって、彼女も加わった。射撃の経験がある人を含む数人の男性はさっぱり的に当たらなかったが、なんと「郭大尉」の腕前は百発百中であった。

 妻を暴露したのは全世界への警告のため

 劉剛氏はまた、妻の出所不明の大金の存在について、次のように明かした。

 「彼女の米国での学費は、私に対しては学生ローンで賄っていたと言っていた。しかし後で分かったことだが、それらの費用は中国にいる謎の人物が全て払っていたのだ。また、彼女は毎年、中国の軍部から6万ドルを受け取っており、13の銀行口座を保有している。私が出入金記録を確認できる唯一の口座だけでも、彼女は1年間で28万ドルを引き出していた」

 劉剛氏は、「(海外の民主雑誌)『中国の春』創始者・王炳章氏や、海外の中国連邦党の党首・彭明氏が、いずれも東南アジアで拘束されて中国に強制送還・投獄された件。『中華養生益智功(中功)』の創始者で、米国に政治亡命していた張宏堡氏が、高速道路で謎の事故死をした件。これらの事件の背後には皆、謎の女が存在している。自分もまさに危うく命を落とすところだった」とした上で、自分の妻が中国の女スパイであったことを暴露したのは、このような中国当局の卑劣な手段に対して、国際社会に一層の警戒を呼びかけるためなどと説明した。


(翻訳編集・叶子)


するとどうなるか。
下記のようになるのだ。

4.子作りを制限する、夫婦は革命の同志である、男女に区別なし、女性も天の半分を担える

 党文化は政治、経済のような公共の分野を占領したほか、国民のプライバシーの家庭生活にまで介入している。結婚するかしないか、誰と結婚するか、子供を何人生むか、いつ生ませて良いかに共産党は全部介入して、また国家権利を動かして全面的に干渉する。

 結婚はもともと夫婦の縁によるもので、恋愛と結婚は人類の永遠のロマンチックな話題で、家庭は人生の航程において安らぎの港のようなものである。夫婦のむつまじい仲と家族団らんは誰もが期待する幸福である。しかし、共産党は「階級闘争」を家庭内にも導入している。夫婦は立場の明らかな「革命同志」となり、政治闘争は職場から家庭の厨房と寝室まで延伸して、たくさんの家庭関係が変異された。

 神様は男と女を作ったのは、陰と陽、柔と剛が互いに補ってもらうためで、そのため男女は性格の特性と体力においてそれぞれの長所を持っている。共産党は女を男のように改造させようとして、「男女に区別がない」、「女性も天の半分を担える」などと吹聴した。こうして就職、就学、政治界において女性の地位上昇を達成させなかったばかりか、かえって中国女性の温厚と優しさを消滅させてしまい、中国特有の「陰盛陽衰」という極めて悪い結果を招いた。

 1)産児制限

 中国では「計画的出産」という党の「国策」があり、国際社会では「一人っ子政策」と呼ばれ、女性と児童の権益に関わる問題が多くあるため、世界中大きな論争を引き起こしている。ここではこの政策が正しいかを討論しないが、この政策が打ち出された背景に、いかなる神様の存在も信じない、神様に反逆することでも敢行する党文化の要素が存在している事実が分かるだろう。

 中国伝統の王朝社会でも、ナチスのような全体主義の国でも、政府は民衆の私生活、特に子作りのようなことを干渉しないが、中国共産党は違う。

 共産党は何でも自分の計画に取り入れたいため、一九五六年の中国共産党の第八回全体大会に、「計画経済」体制の外延として、「生育節制」の主張を打ち出した。一九五七年二月二十七日、毛沢東は上層国務会議に「布類、家具、鋼鉄など工場の生産について国はすべて計画を持っているが、人類自身を生産することだけに計画がなくて、これはアナーキズムだ。時には少し増やして時には暫く中断して、人類を計画的に増加させるべきだ」と言った。このような唯物論由来の思想に沿って、子作りを布類と鉄鋼の生産と同じように考慮するのであれば、「計画経済」の実施と同じく、中国共産党の人口を制御しようとする行為も理解できないこともない。

 一九五七年大躍進の時、「食糧衛星」が宇宙に飛んだ後に、毛沢東と中国共産党は考え方を変えて、「人口が多いのは良いことだ」は主流思想になった。それで、「人口が多ければ力も大きくなる」、「人口が多いと食糧を消耗するが、世界を創る労働力にもなる」などのスローガンの下で、中国の女性はたくさんの子供を生むように励まされて、十人以上の子女を生んだ女性は「栄光の母親」と表彰された。当時北京大学の馬寅初校長が人口増長を心配するために書いた『新人口論』は、「ブルジョアジーの謬説」「右派の反撃」と決め付けられて、徹底的な摘発と批判をされた。

 このような人口政策は六十、七十年代の人口急増を招いた。一九八一年三月六日、中国共産党は「計画生育委員会(計生委)」を設立して、強制手段で子作りを減らそうとした。「計画的出産」はすぐ中国共産党の「根本政策」になった。

 中国共産党の「計画的生育」は外国の「家庭計画(Family Planning)」と根本的に異なっている。「家庭計画」は通常、国民自らの意志で行われ、政府の補助、関連サービスとカウンセリングをもらえる。一方、中国共産党の「計画的生育」は公民の義務として憲法に規定されて、遅い結婚と出産が提唱されて(ひいては多くのところで強制される)、一部の例外を除けば、夫婦は一人の子供しか持てない、出産適齢の女性は「出産許可」を持たないと妊娠することも禁止される。

 「計画的生育」はきわめて暴力的な強制措置で実行されてきた。胎児の生まれる前、或いは中絶手術がまだ実行して良い時に、産児制限委員会は「政策を守らずに妊娠した」妊婦を病院に連行して中絶手術を強いる。もし赤ちゃんが生まれてから発見される場合、産児制限委員会は「法律に基づいて」その家庭に高額な罰金を処罰する。

 実際の操作の中で、中国共産党はこれまでと少しも変わらずに暴力手段を取って、

 少しも人権を考慮しない。「計画的生育」の執行は非常に残酷なものである。特に二人目以降の子供を生む農民家庭に対して、中国共産党は少しの憐憫もない。「出産許可」がなければ、たとえ臨月の妊婦でも必ず中絶を強いられる。赤ちゃんが生まれたとしても、医者と看護婦は赤ん坊を無残に死なさないといけない。統計によると、「計画的生育」が始まってから、強制中絶をされた胎児と生まれたばかりで殺された新生児は、合わせて四千万人にも及ぶ。 

 農村部に行ったら、殺気に満ちた「計画的生育」のスローガンがところどころに見られる。「家庭を壊しても、人口膨張で国を亡くさせない」、「出産超過」して高額な罰金を払えず、仕方なく自殺を図る人に対して「農薬を飲んで自殺を図る者を止めようとしない、首吊り自殺を図る者に縄を渡してあげる」、「『計画的生育』を破った一人が現れると、村人全員にパイプカットの手術を強いる」、「一人目は生んで良い、二人目を生むとパイプカットの手術をさせる、三人四人目なら中絶手術をさせる」、「一人目を生んでから女性の体に避妊器具を入れる、二人目を生むとパイプカットの手術をさせる、三人四人目の赤ん坊を殺してやる」、「たとえ血が河のように流れても、一人っ子政策を破ることを許さない」、「十基の墓を増やしても、赤ちゃん一人を増やさない」など。こんなに残忍なスローガンは中国の至る所に見られる。しかも言葉に止まるだけでなく、「出産超過」の家庭に対して、家財を差し押さえる、家屋を壊す、主人を逮捕する、家族か親戚を連座する、新生児を殺すなどの手段が実際に取られているが、人々はおかしいとも思わなくなっている。
http://www.epochtimes.jp/jp/2011/06/html/d92075.html

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