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今回の原発事故は菅による人災が関係している件
「告発文書」が示すのは… 菅政権は信頼できるのか 大震災100日

今月に入り、ある与党議員の事務所に送り主不明の封筒が届いた。中身は、一種の「告発文書」だった。

 同封された2枚のコピー紙のうち1枚には、東日本大震災発生の翌日の「3月12日18時3分」に送信された「記録」と、「官邸リエゾン→消防庁」「消防庁 番号618」が記載されていた。さらにこう走り書きで記されていた。

 「18:00 総理指示 福島第1原発について“真水による処理はあきらめ、海水を使え”」

 「官邸リエゾン」は首相官邸地下の危機管理センター内の一室を指す。各省庁から派遣された危機管理の担当者が詰めており、その一人が総務省消防庁に送信したものだとみられる。

 「午後6時の首相指示」は、東京電力福島第1原発事故発生直後に発表された政府の資料には記載されていた。ところが先月、政府は「午後6時の首相指示」を突然否定し始めた。

 きっかけは、水素爆発を起こした1号機への海水注入をめぐる首相、菅直人の関与のあり方が問われ始めたことだった。ここから官邸の説明は二転三転、いや四分五裂していく。

 「当日官邸は混乱状態だった。あまり詰めないでほしい」

 首相周辺はこう釈明するが、ことは政府の原発対応への信頼性にかかわる。菅政権に任せられるのか-。

 原発への海水注入問題を一例に、事故発生から100日たっても混乱と迷走を繰り返し、統治能力と問題解決能力の欠如をさらけ出している菅政権の軌跡を振り返る。

 経済産業相、海江田万里は5月2日の参院予算委員会で、福島第1原発1号機への海水注入について、午後7時4分に「試験注入」を始めたが同25分に中断、午後8時20分に本格注水を開始したと説明している。

 ところが、5月20日以降、海水注入による再臨界を恐れた首相、菅直人の言動がきっかけで、注入が中断されたとメディアが報じると、政府の説明は収拾がつかなくなっていく。

 原発問題を担当する首相補佐官、細野豪志が早速、翌21日の記者会見で、1度目の海水注入の情報について「首相には届かなかった」と指摘したのだ。

 細野は同時に「午後6時の首相指示」も「なかった」と否定した。その時間帯は、菅が「海水注入で再臨界の危険性はないのか」と尋ね、原子力安全委員長の班目春樹が「危険性がある」と指摘したところだった-と説明し、海水注入の首相指示を「試験注入」が行われた後の「午後7時55分」と訂正したのだ。

 もともと官邸サイドは福島第1原発の事故当初、「『原子炉が使い物にならなくなる』と抵抗する東電に、首相が海水注入を指示した」という情報をしきりに流していた。まず、この「首相の英断」ストーリーが破綻した。

 さらに、班目が「危険性があるというはずがない。私の原子力専門家の生命は終わりになる」と抗議すると、22日に「可能性はゼロではない」と訂正した。

 菅も、5月23日の東日本大震災復興特別委員会で 「報告が上がっていないものを『止めろ』とは言うはずがない」と強調した。

 それでは、実際には菅はいつ海水注水の事実を知ったのか。今月7日に閣議決定された政府答弁書にはこう記されていた。

 「5月20日に注水に関する報道がされた後」

 これが本当だと、菅は5月2日の海江田の答弁を隣席にいながら聞いていなかったことになる。

 官房長官、枝野幸男は「首相の認識に基づいて正直に作った」と釈明したが、菅は10日の参院予算委でせっかくの枝野の弁明をぶち壊す発言をした。

 「当日(3月12日)に海水注入があった事実関係は伝わってきている」

 質問した自民党参院議員、義家弘介から「注水の報告は上がらなかった、と言っていた」と追及されると、菅は慌てふためき「全体の経緯や関係者の対応状況を承知したのは5月20日の後だった」と釈明した。

 17日に閣議決定された政府答弁書では、東電の資料で海江田が海水注入を命令したのが午後6時5分だったことも明らかにした。

 政府側は海水注入に関する菅の関与を否定し続けたが、東電側は、現地に海水注入の停止を指示した理由を「首相の『了解』が得られていない」としている。

 官邸で海水注入の是非を議論した際、その場にいたのは菅と海江田、班目、さらに東電関係者などごく一部だけ。菅を除く多くは記憶があいまいだとして「何時に何があった」などと明確な答えを避けている。

 一方、原発事故の対応に関わってきた政府関係者の一人は、与党議員の事務所に届けられた「午後6時の首相指示」を記す冒頭の紙を見るとこう語った。

 「資料にそうあるのなら、午後6時に首相指示があったということかもしれない」

 政府関係者は、この紙が本物かどうかは答えなかった。ちなみに、海水注入をめぐっては、現場の所長の判断で中断はなかったと後に発表された。現時点ではすべては「藪(やぶ)の中」だ。

 しかし、「午後6時の首相指示」が本当であれば、政府の事実関係にかかわる説明はことごとく嘘だったということになる。国民は何を信じればいいのか。=敬称略(今堀守通、斉藤太郎、康本昭赫)
http://p.tl/5vZw




今回の原発事故は菅による人災が関係している件

今回の原発事故に対して予想外の天災によるものとの声がある一方で、人災もあるのではとの声も。
そこで、原発事故発生からの流れを追ってみた。

-原発事故発生後の流れ-

①米軍は、ホウ酸を空輸し、原子炉に注入することを提言。
②しかし、東電は、ホウ酸注入で原子炉の復旧が難しくなると注入を拒否し、軽水注入での冷却に固守。
③ところが、配管ラインの一部が損傷のため冷却水が十分に供給できず、水位があがらないことが判明。
④そこでやむを得ず、11日未明に政府に蒸気放出の要請を出す。
⑤ところが、菅総理が視察に行くため、政府は蒸気放出をやめるよう指示。
⑥蒸気放出は、結局、菅総理の視察が終わった夜明け以降に実施。
⑦この遅れのため、原子炉外部容器内の圧力が既定値の2倍以上に高まる。
⑧蒸気放出作業は2時過ぎに実施できたが、3時半には爆発事故を起こしてしまう。
⑨東電は、1号機の運用維持をようやく破棄し、廃炉覚悟の海水とホウ酸注入を決定。

(結論)原発事故は、菅のパフォーマンスと東京電力の危機管理より利益を優先させたための人災が、事故の対応を後手に廻す事になり、結果的に関係しているのは、明らか。

ソース
・4時には限界突破。3時には、放射能含んだ水蒸気を撒きちらす許可ください 緊急災害対策本部資料より(平成23年3月12日 20:50現在)
http://www.kantei.go.jp/jp/kikikanri/jisin/20110311miyagi/201103122050.pdf
緊急災害対策本部資料より(平成23年3月19日 04:00現在)
http://www.kantei.go.jp/saigai/201103190400genpatsu.pdf
            ↑
原発事故で、政府の原子力災害対策本部が、首相官邸ホームページ(HP)で公開する経過録で、
3月12日実施の1号機の緊急措置「ベント」の開始時刻を、4時間余り早め、書き換えていた
ことが6日、分かった。 (HPが削除された!!)


ベントは炉内圧力を下げるため、放射性物質を含む蒸気を周囲に排出する非常手段。
当初、「午後2時半開始」と記入されていたが、3月27日に「午前10時17分」に変更された。
経産省原子力安全・保安院の担当者は「当院は当初からベント操作着手を10時17分
としており、官邸に指摘し、表記が変わった」と説明。
ただ官邸HPが、その時刻に「操作着手」でなく「開始」となっている点は
「官邸側に提起したい」と語るにとどめた。

保安院によると、同日午前9時すぎ、1つ目の排出弁を開け、同10時17分に2つ目の
弁開放に着手。だが不具合で開けず、調整後、実際の蒸気排出確認は午後2時半だった。
同HP上の保安院の別の発表では、14時40分に「蒸気の放出を開始」と表記。
また枝野官房長官の会見録も、ベントは「14時ごろから」行われたとなっている。

同機は午後3時36分に建屋が水素爆発。ベント「開始」が、その5時間前か、わずか
1時間前かで、受ける印象は違う。当日は菅首相の現地視察で、ベント開始が遅れたとの
批判も出ていた。
また、書き換え翌日の28日には、国会審議で野党が政府の初動の遅れを追及している。
保安院は「(書き換えは)審議と関係ない」としている。
http://hamusoku.com/archives/4434047.html

ソース:スポーツ報知
http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20110407-OHT1T00034.htm

         ↑
現在は見れなくなっている(削除された!?)


・政府 官房長官記者会見 ソース部分は 6:00~ と、 9:00~ と、12:00~ 
http://nettv.gov-online.go.jp/prg/prg4477.html




こんな記事も。この記事の内容の全てが捏造と言えるのか?
        ↓

東京電力まとめ642 名前:名無しさん@十一周年[sage] 投稿日:

2011/03/18(金) 12:44:44.72 ID:BC/h0n9B0
・3年前に地震に備えろと言われたけど無視してたら案の定ダメでした
・9ヶ月前に非常設備がボロだったの気づいてましたけど法定点検めんどくさいので放っておきました
・非常用設備だけど外に普通に置いてたので津波に流されました
・準備してた発電バッテリーも数時間しかもちませんでした
・急遽代替の発動機を取り寄せたんですが、確認不足でプラグが合わず、使えませんでした
・東電の株価に影響がでると思ったのでアメリカやIAEAには大丈夫と言ってしまいました
・1号機が爆発したことで水素爆発が他の機にも起こりうることは分かっていましたが、なにかするのは面倒なので放っておいたら3号機の爆発でポンプ機が4台いっちゃいました
・ポンプ機の見張り番を一人に任せていましたが、彼がパトロールに行ってる間にポンプ機の燃料が尽きてしまい、2号機の水位が0になって、最終的には爆発しました
・面倒なので電車込みで停電実施してたけど、官僚に怒られたので仕方なく対処しました
・面倒なので、被災地諸共まとめて停電実施しました
・記者会見はフランス語で行います
・作業は下請け、現地消防に任せて東電社員は全員県外に避難しました
・2号機内部圧力の桁を一桁読み間違えてたけど、しばらく誰も気付きませんでした
・本店-福島第1間の電話用専用回線を誤切断して8時間以上不通になっていました
・自衛隊の放水がもたついたせいで外部電源を引き込めませんでした、今夜はぐっすり寝ます
・6400本もの廃燃料の貯蔵プールの冷却装置が故障してることに6日後に気付きました
・放水は暴徒鎮圧用1台で済むかと思ってましたけど全然駄目だったので、
引き上げさせたハイパーレスキューを翌日にまた要請し直しました
・もうダメポなので、現場社員を全員退去させ、後は警察と自衛隊に押し付けちゃおうと思ったら、首相に怒られちゃいました
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